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「第50回ヘルンをたたえる青少年スピーチコンテスト」を聴いて

松江市は、小泉八雲(ヘルン、ラフカディオ・ハーン)の功績をたたえて、50年前の1966年から、作品を英語で暗誦することを通して、青少年の英語表現力を高め、国際性を養うことに尽力してきました。

 今年2016年はこの事業50年目の記念すべき年にあたるので、その様子を実際にみてみないかと、日ごろ連携・協力関係にあり、支援をいただいている一般財団法人日本国際協力センター(JICE)から提案を受けました。わたしたち特定非営利活動法人全国国際教育協会(JAGE)は、関、豊田の二人が参加することにいたしました。以下、そのあらましについて報告いたします。

 ヘルン、ラフカディオ・ハーンは、1850年ギリシャに生まれた。父はアイルランド人で、当時ギリシャに駐屯していたイギリス軍の軍医、母はギリシャ人。アイルランドで育ち、19歳のころ移民船でアメリカ合衆国に渡り、新聞記者になりました。古事記の英訳本(BH・チェンバレン訳)を読んで、日本に強い関心を抱きました。1890年4月、特派員として来日。同年8月、島根県尋常中学校の英語教師として松江に赴任。その後、第五高等学校で教え、帝国大学で英文学講師になりました。学生からは大変人気のある講義をしたということでした。ちなみに、帝大で英文学担当の後任が夏目漱石だったとのことです。1904年、享年54歳で死去。1896年に旧松江藩士の娘小泉セツと正式に結婚し日本に帰化、小泉八雲と改名しました。

 日本について十数冊の著書を書き、日本の美や心を広く海外に紹介しました。松江に着いて間もなく、松江城に登閣し、出雲大社に参詣。セツ夫人はじめ多くの人々から聞いたさまざまな話などから、日本人の自然観、精神世界、霊的世界に共感を持ち、多くの伝説、怪談、神話、民話などを英語で感受性豊かに再話し、表現しました。

 八雲を通じて、日本人もまた自らの文化や感性を認識することにもなったのではないかと思います。その一例。「虫を真に愛するのは、日本人と古代ギリシャ人だけだ」と、帝大での講義で述べたことがあるといいます。

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 第50回「ヘルンをたたえる青少年スピーチコンテスト」は、2016年9月25日(日)、松江市総合文化センターで行われました。出場者は、ジュニアの部(小・中学生)が、小学1年生から中学3年生まで40人、シニアの部(高校生)が高1年生から高専3年生まで36人エントリーしていました。

選んだ題名は、「Oshidoriおしどり」「 The Fountain of Youth 若返りの泉」「 Mujinaむじな」などが、比較的多かったと言えました。出場学校は、ほとんどが島根県内ですが、鳥取県、岡山県、東京都の学校も数校ありました。JICEからは、ジュニアの部で齊藤牧氏、シニアの部で内藤真知子氏が、それぞれ審査員を務めておられました。

 このコンテストは、「へるんを讃える全山陰中学英語スピーチコンテスト」として第1回を1966年に開催しましたが、1986年第20回から、「ヘルンをたたえる青少年スピーチコンテスト」と改称し、対象を20歳未満の青少年に拡大、全山陰という応募地域枠を撤廃、「アイルランド大使賞」を新設したといいます。

 今回のコンテストのためのパンフレットに寄せたあいさつ文に、小泉凡氏は、八雲の思考の神髄であり、共生社会の実現にも不可欠な「オープン・マインド」の大切さ、について記しておられます。凡氏は八雲の曾孫にあたる。今日切実な意味を持つことばではないだろうか。 

この報告文をお読みくださる先生方や青少年の方々が、このコンテストに興味関心をもってくださるならば、こんなうれしいことはないと思います。折角の機会なので、もう少し、関連事項について記しておきます。

 

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私たちは、前日の9月24日(土)、松江城、松江歴史館(企画展:松平直政の生涯、など)を見学しました。松江城は堀尾氏が築城し、1611年に完工。次に京極氏、そしてその後に封ぜられたのが徳川家康の孫にあたる松平直政だということでした。

小泉八雲記念館とその近くにある小泉八雲旧居も見学した。八雲記念館では、JICEの内藤真知子、齊藤牧、川本裕士氏ともども、小泉祥子氏の案内・説明を受けた。八雲の曾孫凡氏の夫人で、いただいた名刺の肩書きは、コーディネーターとなっています。

祥子氏の説明で、ハーンの愛読者・研究者ボナ・フェラーズという名前と、彼が戦後の日本の歴史にかかわって一つの重要な役割を果たすことになったことを教えられました。ボナ・フェラーズについては、上記パンフレットに、後援機関・団体の一つとして、JICEの山野幸子理事長のあいさつ文があり、言及しておられます。

そもそも、「小泉八雲とめぐる松江の旅 平成28年9月23日~25日」という名称で、JICEJAGEとの共同企画であり、JICEからは川本氏、JAGEからは関、豊田の二人、合わせて三人が出発から解散まで全行程を共にしました。

 9月23日(金)は、ANA383(羽田空港→米子空港)で、9時35分発。ほぼ予定どおり米子に10時55分着。空港から、松江市産業観光部の広瀬正之氏の案内で、大根島の由志園へ向かった。由志園は落ち着いた時間が流れる池泉回遊式日本庭園で、眺めもよく、園内の牡丹も、およそ300年の栽培史があるといいます。

 午後2時から松江市立女子高等学校を訪問した。主に飯塚裕司教頭が、同校における「国際理解教育の推進について」と題して、実践の様子を説明してくださった。秦勉校長のごあいさつも受けた。「縁澪(えにしずく)」という、松江市の観光行政に採用されたことばを思いついたのは、この学校の生徒たちだったとのこと。高校生たちが真剣に地域の将来について考え、アイデアを出し、実践活動をする姿に、大人たちも勇気や元気を与えられるのですとの話は印象深かった。

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 宿泊先は、ハーンが1890年松江へ来たとき泊まったところだという大橋館(当時は富田屋旅館として)。宍道湖に沈む夕陽は、日本の夕陽百選にも選ばれているとのことであり、9月23日の日没時刻は18:04ころと聞いていた。県立美術館の近くからの眺めがよいと宿舎で教えてもらっていたが、まさにみごとな美しい夕陽を眺めることができました。

 9月25日は、スピーチコンテストの後、松江市産業観光部の高木博氏、観光振興部の宮廻智美氏とあいさつを交わした後、米子空港に向かい、ANA388(米子空港→羽田空港)で、予定の19時より数分遅れで羽田に着きました。旅中ずっと好天に恵まれました。松江の自然と文化について多くのことを学んだ。関係各位のご配慮・お世話にお礼申し上げます。

JAGE常任理事 関  正幸、豊田 岩男